被爆者の声をうけつぐ映画祭 6月2日〜9日 8日間連続 明治大学にて






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2007年05月19日(Sat)
被爆者の声をうけつぐ映画祭 6月2日〜9日 8日間連続 明治大学にて
被爆者の声をうけつぐ映画祭

 映像で「夏の日の記憶」をつなぐ――。ヒロシマ・ナガサキに関する劇映画・ドキュメンタリ―・アニメ作品を19作品厳選して上映します。6月2日から9日まで明治大学(御茶ノ水)にて8日間連続開催です。子どもからシニア世代まで、お誘いあわせの上、この貴重な機会をお見逃しなく!!
 この映画祭のアイディアはヒロシマ・ナガサキを受け継いでいく一つとして、わたしたちプロジェクト50の会議のなかででてきたものです。プロジェクト50も協賛しています。映画祭で会いましょう!!

[開催日]6月2日(土)〜9日(土)8日間

[場所] 明治大学リバティータワー
 (御茶ノ水駅・水橋口 徒歩3分)
  
[鑑賞料金]各回ごと入れ替え
 当日  大人1200円 学生・子ども1000円
 前売り(5月20日まで) 大人1000円 大人3回券2700円 学生・子ども800円
 ※前売りの注文方法は「http://eigasai.exblog.jp/i9」参照。

上映プログラム・作品紹介

◆6月2日(土)リバティホール 昼 13:30〜 2本上映
「ピカドン」  
1975年 アニメーション9分 監督 木下蓮三                        
アニメーションで初めて原爆を描いた名作。やわらかい、温もりのある線で描かれた庶民の生活。静かに時を刻む時計の音に乗せて、あの日から今日に続くはずだった日常がていねいに描かれていく。少年と紙飛行機。そして、閃光に続く衝撃のシーン。まさに、目を覆うシーンが展開するが、ラストの紙飛行機に平和への思いを熱くする。木下蓮三を、世界に知らしめた短編アニメーション。

「原爆の子」
1952年 劇映画 98分 モノクロ 監督 新藤兼人
近代映画協会、劇団民芸共同制作。長田新編「原爆の子」をもとに、新藤兼人脚本、監督で戦後はじめて広島の悲劇を取り上げた長編劇映画。
瀬戸内海の小学校教師石川孝子(乙羽信子)が幼稚園教師時代の教え子たちをたずね歩き、原爆の傷痕がなお深い痛みとともに生きていることを実感。滝沢修、宇野重吉らが共演。

講演「映画は原爆被爆をどう描いて来たか」(山田和夫:映画評論家)
 
◆6月2日(土)リバティホール 夜 18:30〜 2本上映
「ビキニの海は忘れない」 
1990年 ドキュメント 62分 カラー 監督 森康行
高知県の幡多高校生ゼミナールが地域の被爆者調査を取り組んでいたとき、1954年のビキニ被災船が856隻以上、被災した廃船の発見。被災者の妻、母親との会い聞き取り調査を行い、ビキニ事件が現代も続いている地域の核問題だと知る。高校生のいきいきした姿は必見。
ナレーターは吉永小百合。

講演:森康行監督

「生きていてよかった」 
1956年 ドキュメント 56分 モノクロ 監督 亀井文夫  
前年の8月6日の第一回原水禁世界大会で救援活動の一つとして企画され、制作された原爆犠牲者のありのままの姿を記録した作品。第一回世界大会の宣言を聞きながら被爆者の娘さんが涙を流してつぶやいた言葉、「生きていてよかった!」がこの題名となった。亀井監督は当時、「世界で一番不幸な目に会った人たちの強く生きようとする姿から、どうか感じとっていただきたい」と述べている。 

◆6月3日(日)1001教室 朝 10:00〜 2本上映
「おこりじぞう」
1983年 人形アニメ 27分 カラー
監督 板谷紀之・河野秋和
 原爆を描いた映画の中で、おそらくこの人形アニメほど多くの人々に愛され、多くの観客動員を記録した作品はないだろう。原作は山口勇子さん。小学校の教科書にも掲載された。映画の中ではわずか20センチほどの人形がとてもリアルに動く姿。なんとも可愛らしく好評である。おじぞうさんのやさしい顔が、ゆっくりとおこった顔になりながら涙を流すところなど圧巻である。

スタッフ挨拶:山口逸郎プロデューサー

「はだしのゲン (第一話)」  
1976年 劇映画 107分 カラー 監督 山田典吾 
劇映画に少年誌にはじめて連載された被爆者による原爆漫画の映画化作品である。原爆漫画としての評判作だけに、映画化には難しいことが多かった。被曝シーンは夢の島といわれた東京湾の埋立地で撮られた。あの日、父と姉と弟とを失ったゲンが母と生まれたばかりの妹をささえて生きる姿に原爆への怒り、それに負けない強さにあふれていた。お母さん役の左幸子の熱演に負うところが大きかった。
 
◆6月3日(日)1001教室 昼 13:30〜 2本上映
「ながさきの子うま」 
1989年 人形アニメ 27分 カラー 監督 河野秋和
戦争で犠牲になるのは人間だけではない。命あるすべてのものが、一発の原爆でみな焼き殺されてしまう。その中には、母馬と子馬もいた。この原作は大川悦生によるもので、人形アニメ。かわいい子馬を主人公に、他の動物たちもユニークなキャラクターで加わっている。楽しく観るうちにも平和と生命の尊さを感じ、すてきなメルヘンである。

「せんせい」 
1983年 劇映画 103分 カラー 監督 大澤豊
1945年8月9日、長崎に原爆が投下された翌日、入市被曝し、「急性骨髄性白血病」により32歳の若さでこの世を去った小学校教員山口竹子さんをモデルとして、子ども達とのふれあい、彼女の死を通して平和の尊さと、命の大切さを描いている。当時、原作「夾竹桃の花の咲くたびに」は、多くの人に読まれた。

スタッフ挨拶:大澤豊監督

◆6月3日(日)1001教室 夜 18:30〜
挨拶と作品解説:野田耕造(記録映画作協事務局長)

「広島長崎における原子爆弾の影響」 
1946年 ドキュメント 164分 製作米戦略爆撃調査団 撮影 日本映画社 
1945年9月に撮影開始、翌年の4月に英語版「原子爆弾の効果、広島長崎」として完成。完成直後にGHQ(連合軍総司令部)が没収、米国へ移された。その後、返還を求める運動があり、1987年に16で文部省に返還された。今回上映するのは、このフィルムをもとに1996年平和博物館を創る会映画委員会が完全日本語版として完成させたもの。撮影当時の事情により、放射能の取り上げ方に問題点があるが、二発の核兵器のもたらした狂暴な威力の映像として、今なお説得力がある。

◆6月4日(月)リバティホール 夜 18:45〜 
講演「ゴジラと手塚治虫」石子順(映画評論家)

「ゴジラ」
1954年劇映画 97分 モノクロ 監督 本多猪四郎
これは驚きの映画だった。ポスターには「水爆大怪獣映画」という文字があった。だが、当時はB級映画あつかい。それでも観客は喜んだ。そして恐怖した。南の海で異変が起こり、怪獣が出現する。映画館内はどよめいた。東京や各地で大暴れ。科学者は正体を追求、群集は逃げまどい、防衛隊は戦うが・・・。怪獣のデザインはキノコ雲型まで考案されたが、ゴリラ型に。「水爆のある限り・・・」という科学者の警告は、ビキニの水爆実験への抗議として聞こえた。

◆6月5日(火)リバティホール 夜 18:45〜 2本上映
「歩く」 
1975年 ドキュメント 34分 カラー 監督 板谷紀之
被爆30周年国民平和大行進が、爆心地広島の平和公園に向かって東京夢の島の第五福竜丸前を出発した。この映画は、東京〜広島を行進とともに歩き続けた撮影隊が、70日1000キロにわたって、心と心を結び平和をきずく「歩く行進、走るカンパ隊」を克明に記録した。監督板谷紀之は広島まで歩きつづけ、自らもキャメラをまわして完成させた。

スタッフ挨拶:山口逸郎プロデューサー

「愛と死の記録」
1966年 劇映画 モノクロ 93分 監督 蔵原惟繕 
吉永小百合が「キューポラのある街」のイメージをさらに発展させて演技派女優となった作品。昭和40年、レコードショップの店員和江と写真製版の熟練工幸雄とが出会った。20歳と24歳の青春は恋愛した。しあわせだったが幸雄は被爆者だった。和江はそれを知ってあたたかい愛をつらぬきとおす。戦後21年に、蔵原惟繕監督によって撮られた被爆青春映画だ。幸雄役は浜田光夫から渡哲也にかわったが、和江と幸雄の愛と死は見るものの心をゆさぶった。

◆6月6日(水)リバティホール 夜18:45〜
「黒い雨」  
1989年 劇映画 132分 モノクロ 監督 今村昌平
今村プロなど製作、井伏鱒二の原作を石堂淑朗が脚色、今村昌平監督が映画化、川又昴のモノクロ撮影も冴え、カンヌ国際映画祭の高等技術委員会賞。広島で被爆した若い女性高村三須子(田中好子9に迫る原爆症の恐怖を静かに見つめる。北村和夫、小沢昭一、三木のり平、市原悦子らの共演。音楽は武満徹。(右の写真は、主演の田中好子と今村監督)

講演「『黒い雨』のロケに参加して」大原穣子(方言指導者)

◆6月7日(金)1063教室 夜18:45〜 2本上映
「にんげんをかえせ」
1982年 ドキュメント カラー 20分 監督 橘 祐典 
「子どもたちに世界に、被爆の記録を贈る会」が呼びかけて、10フィート運動が生んだ原爆記録映画第一作目の作品です。
 アメリカ側が撮影した未公開のカラー原爆記録フィルムを、カンパを出し合って買い戻そうと著名人500人の呼びかけで始まった運動。買い戻したフィルムの中の自分と35年ぶりに対面した長崎の片岡さんは絶句する。廃墟と化した広島、長崎の凄まじい限りの原爆の惨状を、赤裸々に映し出している。

スタッフ挨拶:橘祐典監督

「八月の狂詩曲(ラプソディ)」 
1991年 劇映画 98分 カラー 
黒沢プロ製作。「生きものの記録」(1955年)以来、核の恐怖を持ち続ける黒澤明監督が、村田喜代子の「鍋の中」を映画化。長崎の片田舎に住む老女鉦(村瀬幸子)の一夏を描き、原爆への怒りを訴える。ハワイから来た米人親族のラークにリチャード・ギアが出演。音楽は池辺晋一郎。

◆6月8日(金)リバティホール 夜 18:45〜2本上映
スタッフ挨拶:有原誠治監督

「つるにのって」 
1993年 アニメーション 28分 カラー 監督 有原誠治
小学6年生のとも子は、夏休みに広島の原爆資料館を訪れ、平和公園で少女サダコと出会う。そこから不思議な冒険が始まって…。5年に渡る市民運動によって日英仏語版などが作られ、65カ国以上に贈られた心温まる作品。子ども・おとなも、見れば思いを同じくして語り合うことができる。黒い雨から地球を守る傘として描かれるのは、日本国憲法。人間が作る未来を信じる力が湧いてくる。
 
「NAGASAKI 1945 アンゼラスの鐘」 
2005年 アニメーション 80分 監督 有原誠治
ナガサキ、1945年8月9日。浦上第一病院に勤務する医師、秋月辰一郎は自らも被爆しながら必死の医療活動を続けていた。残された医薬品はごくわずか、原因不明の死を遂げる患者たち。治療は困難を極めたが、秋月は決して諦めることはなかった。そして明らかになった放射線による死の同心円─。被爆60年を記念し、次代を担う世界の人々へ贈られた、実在した医師の物語。

講演:池田眞規弁護士(日本反核法律家協会会長)

◆6月9日(土)リバティホール 昼18:30〜
「ヒバクシャ世界の終わりに」
1991年 ドキュメント 116分 カラー 監督 鎌仲ひとみ
劣化ウラン弾の後遺症に苦しむイラクの子どもたちとの出会いから始まった鎌仲監督のヒバクシャの声を聞く旅は、低線量被曝の恐ろしさを警告し続けている広島の被爆医師肥田舜太郎と出会う。彼とともに米国に飛び、長崎原爆のプルトニュームを作ったハンフォードを取材。核工場に汚染された土地で暮すヒバクシャたちと、汚染されたポテト。自覚無きヒバクシャの広がりに慄然とする。

講演:鎌仲ひとみ監督/肥田舜太郎(被爆医師)

◆6月9日(土)リバティホール 夜(最終回)18:30〜 
「父と暮せば」  
2004年  劇映画 99分 カラー
パル企画など製作。「TOMORROW/明日」「美しき夏キリシマ」に次いで黒木和雄監督が戦争の記憶を映画化。自分の眼の前で父(原田芳雄)を広島原爆に失った娘美津江(宮沢りえ)が、父の幻影とともに生きる井上ひさしの同名戯曲を脚色。明快な劇作法に広島の悲劇に新しい照明を。浅野忠信共演。

講演:未定

[主催]明治大学軍縮平和研究所被爆者の声をうけつぐ映画祭実行委員会
[協賛団体]株式会社ミノファーゲン製薬・日本原水爆被害者団体協議会被爆者の声をうけつぐプロジェクト50

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カレンダ
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